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横浜地方裁判所 昭和58年(ワ)386号 判決 1985年3月22日

原告

シャネル・エス・アー

右訴訟代理人

田中克郎

松尾栄蔵

中村彰利

笠原英美子

天野正人

高橋真一

被告

有限会社ミナト鞄店

右訴訟代理人

堤浩一郎

小口千恵子

主文

一  被告は原告に対し、金六〇万円及びこれに対する昭和五八年三月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金一七三万四〇〇〇円及びこれに対する昭和五八年三月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告の地位

原告は、高級婦人服、ハンドバッグ、靴、宝飾品、香水等のデザイン、企画並びにこれらの製品の製造、販売を業とする会社である。

2  原告の商標権

原告は別紙商標目録(一)、(二)記載の商標(以下「本件商標」という。)について商標権を有する。

3  原告製品の形態上の特徴

(一) 原告は、次のような形態上の特徴を有するハンドバッグ(以下「原告製品」という。)を製造、販売している。

(1) 菱形模様のステッチを施したキルティング仕立てのハンドバッグであること。

(2) 中蓋を開いた内側には赤色地に本件商標が、中蓋の内側一杯に大きくミシンでステッチしてあること。

(3) ハンドバッグの外蓋の止め金部分に金色の本件商標を附していること。

(4) 金メッキをした鎖を把手としていること。

(二) 原告製品の右のような外観上の特徴は、本件商標の附着と相まつて、原告製品に接する者をして直ちに原告の製品であることを認識させるものであつて、右原告製品の形態は、原告の製品であることを示す表示である。

4  原告の営業活動

原告は、昭和五三年九月から原告製品を日本国内で販売をはじめ、昭和五八年現在では、東京日本橋三越、高島屋、新宿伊勢丹、池袋西武百貨店、横浜高島屋、名古屋松坂屋、京都高島屋、大阪高島屋、大丸、阪急、神戸大丸、広島福屋のデパート内に合計一二店舗に及ぶシャネル、ブティックを設け、原告製品を継続的に販売しており、昭和五三年九月から同五七年一一月までの原告製品、その他前記3(一)とほぼ共通の特徴を有する原告のハンドバッグの日本における販売個数は、合計二万六〇〇〇個余り、その総販売高は、約三〇億四〇〇〇万円余りに達している。また、世界の一流品、有名ブランドを紹介する雑誌には毎年原告製品が紹介され、日刊紙、週刊紙にもしばしば世界第一級品として紹介されている。

したがつて、本件商標及び原告製品の形態は、遅くとも後記被告が被告製品の販売を開始した昭和五七年二月ころには、取引者及び需要者間で原告の製品であることを示す表示として広く認識されていた。

5  被告の違法行為

(一) 被告は、昭和五七年二月ころから、原告製品と形態が前記3(一)(1)(2)及び(4)と同一で、しかも、原告製品と同一箇所(外蓋の止め金部分)に本件商標に類似した標章が付されたハンドバッグ(以下「被告製品」という。)を、本件商標と類似の標章の付された包装で、少なくとも一〇個販売した(以下「本件販売行為」という。)。

(二) 被告の右行為は、原告の商標権を侵害し、原告製品と被告製品の間に一般消費者からみて、誤認、混同を生ぜしめた。

(三) 被告は右結果の発生について故意、または少なくとも過失があり、被告は、前記(二)の商標権侵害行為もしくは不正競争防止法所定の不正競争行為により原告が蒙つた後記損害を賠償すべき義務がある。

6  原告の損害

(一) 営業上の損害 金二三万四〇〇〇円

商標法三八条一項は商標権の侵害行為によつて蒙る商標権者の損害額の証明が困難であることに鑑みて、侵害者が当該商品の販売により得た利益に相当する額を商標権者の損害と推定しているが、被告は現在までに被告製品を一個七万八〇〇〇円で少なくとも一〇個販売し、その総売上高は少なくとも七八万円であり、このうち被告の利益率は売上げの三〇パーセントとみるのが相当である。したがつて、右販売行為によつて被告は少なくとも二三万四〇〇〇円の利益を得たとみるべきで、原告は右利益相当額の損害を蒙つた。

(二) 信用毀損による損害 金一〇〇万円

被告製品は、その形態において原告製品に酷似するものの、その品質は原告製品に比して極めて粗悪なものであり、被告の本件販売行為によつて原告が長年にわたり築きあげた原告製品の高級品としてのイメージは損われ、ひいては原告に対する消費者の信用は毀損され、これによつて原告は、少なくとも金一〇〇万円に相当する損害を蒙つた。

(三) 弁護士費用 金五〇万円

被告は、昭和五四年にも原告製品に類似するハンドバッグを販売したため、原告は当時被告に抗議を申し入れたにもかかわらず、被告はこれを無視して昭和五七年二月ころから被告製品を販売し、これに対する原告からの警告に対しても誠意ある回答を示さなかつたため外国法人である原告は、やむなく原告代理人らに本件訴訟提起を委任し、弁護士報酬として五〇万円を下らない金額を支払う旨を約した。

7  よつて、原告は被告に対し不法行為に基づく損害賠償として金一七三万四〇〇〇円とこれに対する不法行為後の昭和五八年三月一〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の事実を認める。

2  同4の事実は知らない。

3  同5(一)の事実のうち被告製品の中蓋を開いた赤色地部分に本件商標に類似する標章が付されていたことは不知、その余を認める。

同5(二)及び(三)の事実を否認する。

4  同6(一)の事実を認める。

同(二)の事実を否認する。

同(三)の事実のうち被告が昭和五四年にも原告製品に類似したハンドバッグを販売したこと、それに対して原告から抗議を受けたことを認めるが、その主張の損害を否認し、その余は知らない。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1ないし3(原告の地位、原告の商標権、原告製品の形態上の特徴)の事実はすべて当事者間に争いがない。

二同4(原告の営業活動)の事実は<証拠>によりこれを認めることができ右認定を覆すに足りる証拠はない。

右事実によれば本件商標及び原告製品の形態は、遅くとも被告が被告製品の販売を開始した昭和五七年二月ころには取引者及び需要者間で原告の製品であることを示す表示として広く認識されていたものと判断できる。

三そこで請求原因5(被告の違法行為)の事実について考える。

1 まず、同(一)の事実のうち、被告製品の中蓋を開いた赤色地部分に本件商標に類似する標章が付されていた点は、証人関口元の証言とこれにより被告製品であることが認められる検甲第二号証の一により、これを認めることができ、その余の事実は当事者間に争いがなく、また右事実に、前記一、二の事実を照らし合わせると、同(二)の事実、すなわち、原告主張のとおり、被告は本件販売行為により、原告の本件商標権を侵害し、原告製品と被告製品の誤認混同を生ぜしめたものと認めることができ、右認定に反する証拠はない。

2  同(三)の事実については<証拠>によれば、被告は昭和五四年四月にも原告から本件商標をつけた原告が製造販売する製品の模造品の販売につき警告を受けているのに、この種有名商品の模造品を扱う店として噂の高い有限会社峰欧貿易より原告製品と酷似し、一般消費者において誤認混同のおそれのある本件被告製品を仕入れ販売したものであることを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

右事実によれば、被告は本件販売行為により原告の商標権を侵害し、一般消費者をして原告製品と被告製品との誤認混同を生ぜしめる結果につき、これを認識していたと推定できるが、仮に被告にかかる認識がなかつたとしても、当然に認識すべきであるから少なくとも過失があるといわざるを得ない。

四請求原因6(原告の損害)の事実について

1  同(一)の事実(営業上の損害)は当事者間に争いがない。

右事実によると、被告の本件販売行為によつて原告の蒙つた営業上の損害は金二三万四〇〇〇円ということができる。

2  同(二)の事実(信用毀損による損害)について考える。

ところで、原告主張のように本件につき前項の営業上の損害の外に信用毀損に基づく損害賠償請求を認めるか否かについては、被告の本件販売行為により侵害された商標権または営業上の利益が原告にとつて単に前項の営業上の損害の賠償のみではとうてい償い得ない損害があると認めるべき特段の事情がある場合に限り、これを認めうると解すべきであるところ、前記認定のとおり、原告製品は本邦を含め世界の一流品、有名ブランドとしての信用が形成されており、また<証拠>によると、被告製品は、その素材及び縫製において原告製品に比して粗悪であり、値段も安いことが認められ、右認定の趣旨に反する証人関口元の供述部分は措信し難い。そうするとかかる品質の劣る商品が原告製品に類似した形態で、かつ本件商標に酷似した表示が付され、しかも安価に販売されるときは、右原告製品のもつ信用が毀損され、ひいてはこれにより原告が無形の損害を蒙ることは明らかで、右損害は前項の営業上の損害の賠償のみでは到底償いきれないものというべきであり、その信用毀損により原告の損害額は、前項の営業損害額の外に、本件に表われた諸般の事情を考慮すると金三〇万円が相当である。

3  同(三)の事実(弁護士費用)は<証拠>によれば、原告は被告の本件販売行為に対処するため原告代理人弁護士らに本件訴訟手続を委任し、その報酬として金五〇万円を支払つたことが認められるところ、本件の内容、審理の経過、その他諸般の事情を考慮すれば、右報酬のうち原告が被告に対し右違法行為として相当因果関係にある損害としては、前記1及び2の損害合計五三万四〇〇〇円のほぼ一割相当の金六万六〇〇〇円が相当である。

五よつて、原告の本訴請求は、金六〇万円の損害賠償とこれに対する昭和五八年三月一〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(山口和男 櫻井登美雄 小林元二)

商標目録(一)

登録番号 第一三一八七〇九号

出願日 昭和四八年四月二六日

公告日 同五二年六月九日

登録日 同五三年一月一〇日

商品区分及び指定商品

第二一類 ボタン類、袋物、宝玉、造花、その他本類に属する商品

登録商標 別紙図面(一)のとおり

商標目録(二)

登録番号 一五三一三六六号

出願日 昭和五三年九月六日

公告日 同五六年九月二六日

登録日 同五七年八月二七日

商品区分及び指定商品

図 面

第二一類 装身具、ボタン類、かばん類、模造宝玉、宝玉、造花、化粧用具

登録商標 別紙図面(二)のとおり

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